【ギリシア神話】持ち物で絵の中の人物がわかる!一歩進んだアート鑑賞術【アテナ・ヴィーナス編】
近年、ビジネススキルの一環として、アートについて学ぶ方が増えています。
そこで、この「一歩進んだアート鑑賞術」シリーズでは、
知っていればアートがさらに楽しく学び深いものになる様々な鑑賞術をご紹介します。
アトリビュート~“持ち物”で絵の中の人物が特定してみよう!~
特に西洋美術を鑑賞する上で役に立つのが、“持っている物”(近くに描かれている物)で絵の中の人物が誰なのかを判別できる「アトリビュート(持物)」の知識です。
これを知っていれば、タイトルに登場人物の名前が入っていなかったり、解説がない、もしくは外国語で書かれていて読めなかったりする場合や、
さらには「タイトルに “男性” の名前があるのに画面には “女性” しかいない」などといった不可解な絵に出くわした場合(※前回記事【ゼウス・ヘラ編】参照)でも、
絵の中の人物が誰か、そしてその絵に描かれた主題が何かを読み解くきっかけを掴むことができます。
今回は、前回に引き続き「ギリシア神話」の神々を主題にした作品から、
日本でも特に人気のある二女神・アテナとヴィーナスのアトリビュートをご紹介したいと思います。
【1】アテナ→フクロウ・武具
知恵と戦い、そして人間生活にまつわる様々な技術や技芸などを司る女神・アテナ(ミネルヴァ[英語名]/ミネルウァ[ローマ名])は、神々の王ゼウスと知恵の神メティスとの間に生まれた子で、その名からもわかるようにギリシアの首都・アテネの語源になった都市の守護神でもあります。
その職能にあやかり、彼女の英語名 “ミネルヴァ” を社名に冠している企業も多いですよね。
ちなみに、ヘラクレスをはじめギリシア神話の様々な英雄たちを助けてきたアテナに仕えている女神の一人、ニケは英語名を“ナイキ”と言います。そう、彼女はあのスポーツメーカー「NIKE」の社名の由来になった、勝利の女神です。
【アテナを示すアトリビュート①:フクロウ】
ギリシア神話の神々の多くはそのシンボルとして聖鳥や聖獣が当てはめられ、神の傍らに従っていたり、あるいは神自身がその聖鳥・聖獣に変身していたりすることもあります。
アテナの聖鳥は、日本でも知恵の象徴としてお馴染みの鳥「フクロウ」です。
こちらの絵では画面左端にフクロウがとまっており、この女性がアテナ(ミネルヴァ)であることを示しています。
じっと鑑賞していると、このフクロウの顔つきと、厳めしいアテナの表情がどことなく似ているような気がしてきませんか?
ペットは飼い主に似てくるといいますが、聖鳥も主人に似てくるものなのでしょうか。
【アテナを示すアトリビュート②:兜・盾・槍・甲冑など】
戦いの神としてのアテナを象徴するアトリビュートが「兜」をはじめとする武具類です。
その中でも、彼女の装備として最も有名なものは「メドゥーサの首がついた盾」でしょう。
日本でも様々な創作物のモチーフになっているこの怪物・メドゥーサは、元々大変な美少女でしたが、とある神を冒涜した罰として生きた蛇の髪と見た者を石にする目を持つ、恐ろしい化け物に変えられてしまいました。
メドゥーサが怒らせてしまったその神というのがまさしくアテナです。
のちに、怪物メドゥーサを退治した英雄ペルセウスはその切り取った首をアテナに献上しました。
そこでアテナは、メドゥーサの首を自分の盾に嵌め込み魔除けとした――という逸話から、この武器がアテナのアトリビュートになりました。
こちらの絵の矢印が差している盾の表面をご覧下さい。
人面のようなものが見えますよね。これが蛇の髪を持つメドゥーサです。
この盾を持つ下ろし髪の女性は盾を持っているだけでなく、兜を被り、足元にはフクロウも従えているので、間違いなくアテナだということが読み解けます。
アテナの絵画でもう一点ご紹介したいのが、次の《パラスとケンタウロス》です。
パラスはアテナの別名なのですが、それにしてもインパクトのある構図ですよね。
白い透けるドレスを纏い、金色の巻き毛をたなびかせる美女が、片方の手に「槍」(しかも厳つい斧槍)を持ち、もう片方の手で半身半獣のケンタウロスの髪を掴んでいます。
こちらの絵画は、一般には知性や貞節を司るアテナが暴力や肉欲の象徴であるケンタウロスを抑え込む、すなわち本能に対する「理性の勝利」を示している、と解釈されていますが、
アトリビュートの「槍」からこの美女がアテナだということを判別できないと、一体何の場面なのか見当がつかないですよね。
ちなみに、一緒にこの絵を観た友人(美術史専攻ではない)は「美女がおじさんをカツアゲしてる!」と言っていました……まぁ、気持ちもわからなくはないですが……。
【2】ヴィーナス→鳩・薔薇・黄金の林檎
ギリシア神話の愛と美の女神・アプロディテ(ウェヌス[ローマ名])は、“ヴィーナス”[英語名]の名で日本でもよく知られている女神です。
西洋美術において最も多く描かれてきた女性像のひとつであり、長きにわたって画家たちのインスピレーション源・美のメルクマークとなってきたこの女神ですが、
一方で前回ご紹介したゼウスとヘラの息子でもある鍛冶の神・へパイストスという夫を持ちながら、他にもたくさんの情人を作るといった奔放で恋多き側面もあります。
【ヴィーナスを示すアトリビュート①:鳩】
愛と平和の寓意である「鳩」は、キリスト教では神聖な存在、精霊の象徴ともされていますが、ギリシア神話ではヴィーナスを示すアトリビュートです。
特につがいの鳩が男女の近くに描かれていた場合、そのカップルの女性はほぼヴィーナスだと考えて間違いありません。お相手の男性は……時と場合によりますね(※大抵夫ではない)。
矢印の先に仲睦まじいつがいの鳩が描かれているこの絵画でのお相手は、人間の年下男子で、美少年の代名詞としても知られるアドニス君です。
画面左の金髪の女性がヴィーナスですが、アドニスも女性と見紛うほど美しく描かれていまね。
【ヴィーナスを示すアトリビュート②・③:薔薇・黄金の林檎】
その美しさから、古来より美の女神・ヴィーナスの象徴とされてきたのが「薔薇」です。
十九世紀末、イギリスで活躍したラファエル前派の代表的な画家・ロセッティの手によるこの絵画の美女もまた、背後に大量の「薔薇」を背負っています。
こちらの写真は2019年3月14日~6月9日に三菱一号館美術館にて開催された「ラファエル前派の軌跡」展にて撮影したものです。(編集部注:この絵のように、この展覧会には撮影OKの部屋がありました)
作品タイトルの“ウェルティコルディア”とは“心変わりを誘う者”といった意味があります。
ヴィーナスの力で心変わりをさせられ、惑わされた男たちにとって、彼女はまさに魔性の存在、すなわちタイトルに付された“魔性のヴィーナス”というわけですね。
この妖しく美しい、ファム・ファタール的な容貌のヴィーナスにはぴったりな表現です。
そんな魔性のヴィーナスが手に持っている丸いものが、最後にご紹介するアトリビュート「黄金の林檎」です。
この「黄金の林檎」がヴィーナスの持物になったエピソード《パリスの審判》ついては、この後のコラムにて詳しく書いておりますのでぜひご覧下さい。
また、《パリスの審判》は西洋美術史の中でも人気の高い題材であり、様々な国や時代の画家たちの作品が残っていますので、ぜひお気に入りの一枚を探してみて下さい。
あまねく神々が招かれたとある結婚の宴。
しかし、不和の女神エリスだけは結婚という場面にふさわしくないとされ唯一招待されなかった。
怒ったエリスは、その宴の席に「黄金の林檎」をひとつ投げ込んだ――“この中で一番美しい女神へ”と書かれた手紙を添えて。
さて、その手紙を見た神たちの中で我こそは、と手を挙げたのが、ヘラ、アテナ、ヴィーナスの三女神だった。宴が一瞬にして女たちの戦場へと変わる。さすがは不和の女神、彼女たちのプライドの高さをよく熟知した見事な作戦である。
この(絶対に巻き込まれたくない)戦いはその場で決着がつかず、一人の人間、トロイアの王子パリスにその審判が託されることになった。
女神たちは、自分を選んだ暁には自らが司る領分から贈り物をする、とパリスに約束した。ヘラは「権力と富」を、アテナは「戦場での勝利」、ヴィーナスは「人間の中で最も美しい女性」を。
あまりにも堂々としていて見落としそうになるが、要するにパリスへの賄賂である。
最終的に、パリスが「黄金の林檎」を渡したのはヴィーナスだった。
これによってパリスは「人間の中で最も美しい女性」を手に入れることになったのだが――この時のパリスは知る由もなかった。
その女性が他国の王の妻であり、パリスがヴィーナスの導きに従って彼女を自国へとさらってきてしまったことが、かの有名な「トロイア戦争」の引き金になろうとは。
賄賂を受け取ると後が怖い。それを差し出すのが絶世の美女なら尚更だ。
この《パリスの審判》という主題は、ある意味現代にまで続く教訓が読み取れる良い例だともいえるだろう。
ギリシア神話の奥深い絵画の世界、ご堪能いただけましたでしょうか。
次回はアポロンとディオニュソスのアトリビュートをご紹介したいと思います。
ゼウスの息子たちによる次世代イケメン神対決をどうぞお楽しみに!
Kao
校閲士・美術史修士。大学在学時に旅行したイタリアでアートに魅せられ、独学で美術史を勉強し大学院に入学、修士号を取得。
趣味はアート、歴史、ファッション、旅行、ご当地テディベア集め。