日本初の印刷会社レスラー「いたばし印刷マン」のつくり方――街の印刷屋さんでも頑張ればできた!
自分が考えたプロレスラーが実際にリングで戦ったら―――
プロレスファンなら一度は妄想したこと、ありませんか?
プロレスに興味ないよという人でも、例えば、少年ジャンプ誌上でかつて行われた「キン肉マン」の「超人募集」に自分の考えた超人が採用され、マンガの中でキン肉マンたちと激闘を繰り広げたら……と想像したことありませんか?
実はそんな夢を実現させ、自分が考えたプロレスラーをデビューさせた人がいるのです。
それが「いたばし印刷株式会社」社長の柴崎誠さん。
従業員5名の街の印刷屋さんです。
●いたばし印刷株式会社とは……
いたばし印刷株式会社は、東武東上線上板橋駅北口に2016年11月創業、2019年5月28日に法人として設立された印刷会社。
「印刷のお困りごとは何でもお気軽に相談してください」を掲げ、地域に密着した事業を営む。
2018年4月にはペット事業部を設けるなど、ユニークな取り組みも。代表取締役 柴崎 誠、従業員5名。
そして柴崎さんが誕生させたプロレスラーこそ、板橋区地域密着型のプロレス団体「いたばしプロレスリング」(以下いたばしプロレス、いたプロと表記)に参戦中の、その名もズバリ「いたばし印刷マン」なのです。
大手印刷会社も考えつかない、印刷会社レスラー「いたばし印刷マン」をどうやって誕生させたのでしょうか?
その取り組みを、柴崎さんにうかがいしました。
なお、この記事は前回記事の続編となりますので、そちらもぜひご一読をお願いします。
●『いたばしプロレス』とは……
いたばしプロレスリング株式会社は2014年7月、「はやて」により設立された板橋区地域密着型のプロレス団体。
出場レスラーは「いたプロヒーローズ」と呼ばれる、地元商店街などがスポンサーの覆面レスラーたちが中心。
現在は板橋グリーンホールをメインに大会を開催している。
その活動は、プロレスのみならず、板橋区や各商店街のさまざまなイベントや広報活動をはじめ、子ども運動教室、図書館での絵本の読み聞かせなど多方面に及んでいる。
板橋区長もたびたび観戦に訪れるなど、板橋区からも公認されている異色のプロレス団体。モットーは「地元板橋に元気と笑顔を!」
取材に同行してもらったのは……
いたばしプロレス代表。1964年12月生まれ。板橋区前野町在住。1995年5月デビュー。
2002年10月みちのくプロレス参戦中に、東北新幹線をモチーフにした覆面レスラー「はやて」に。
メキシコのルチャリブレのテクニックを駆使するスタイルで、2回転式コルバタ「幻」の数少ない使い手としても知られている。
街の印刷屋さん、レスラーを作る。
「すいません! いたばし印刷マン、取材サボってどこか行っちゃいました。たぶん、ゴルフですね(笑)。」(柴崎さん)
社長の柴崎さんと「いたばし印刷マン」への取材の日。
行ってみたら……やってくれましたよ、いたばし印刷マン。
まあ、いきなり出鼻をくじかれましたが、気を取り直して柴崎さんにお話をうかがいました。
まずは、いたばしプロレスとの関わりから、話はスタートします。
「いたばしプロレスとの出会いは5年前です。当時勤務していた会社近くのお米屋さんで、チケットを買ったのがきっかけです。実は、そのときにお米屋さんから商店街への加入も勧められまして、それが商店街活動との出会いでもありました。
その後、地域密着を掲げて独立開業したのですが、意外にもなぜか当時の板橋区には「板橋印刷」という名前の会社はなかったんです。それで、社名を「いたばし印刷」に決めました。
ちなみに、ひらがなの「いたばし」は「いたばしプロレス」さんからいただきました。それと、ひらがなだと子どもでも読めますし(笑)。
実は、僕はプロレスというより、いたばしプロレスとはやてさんのファンなんです。
はやてさんの板橋にかける思いっていうのが、すごい好きなんです。
開業後は上板橋北口商店街の役員として活動をしながら、リングの鉄柱に会社の広告を出したりして、いたばしプロレスに協賛をしていました。
会場で、もぎりのお手伝いもしてましたよ。
商店街ではグレート・ピカちゃん(上板橋北口商店街公認の商店街レスラー)のバナーを出したり、売店で「ピカちゃんどら焼き」を販売したりと、地元のグレート・ピカちゃんを応援していました。」(柴崎さん)
では、何がきっかけで「いたばし印刷マン」を誕生させることになったのでしょう?
「2019年7月に大山の商店街からハッピーでんきマンが登場して、すごいなと思ってたんです。
そしたら、なんかのタイミングで「自分のレスラーを出せるよ」って聞いたんです。
はやてさんからも、「印刷物より、動いているものの方が宣伝効果ありますよ」と言われまして。
印刷会社としては少し複雑なんですが、もう「いたばし印刷マン」を出すことを決意しました。
どうしても、やりたかったんです。
それで、社員にも聞いたんです。
ありがたいことに、みんな二つ返事で、「やります!」と。
こうして「いたばし印刷マン」のプロジェクトが始まりました。2020年の8月です。
決定からデビューまで、2か月もありませんでした。」(柴崎さん)
こうして、いたばし印刷マンのデビューが決まり、慌ただしくプロジェクトが始まりました。
その過程のすべてを説明すると長くなるため、ざっくりと紹介していきます。こんなやり取りがあったそうです。
柴崎
とにかく、かっこいいのを。スピードのあるグレート・ピカちゃんみたいなタイプがいいですね。
はやて
では、プロフィールからいきますか。
いたばし印刷マンは、いわば社長の分身でもあるわけですから、普段は営業マンでサルサが好きで踊っちゃう、ゴルフが好きで仕事休んで行っちゃいました、みたいなキャラで。
もう社長の地そのままで行きましょう!
では、これをベースにマスクとコスチュームのデザインを考えましょう。
……ちなみに、取材前の筆者もそう思ってました。
こだわりのマスクとコスチューム
ところが「いたばし印刷マンのつくり方」のメインイベント、マスクとコスチュームのデザインをめぐって一波乱起こります。
柴崎
社員全員で、頑張ってデザインしました!
はやて
どれどれ。うーん…このデザインだと、いかにもプロレス側に寄りすぎて印刷会社というアピールが弱いですね。
いたばし印刷さんの宣伝としてもあまり効果が…。
柴崎
では営業部所属という設定なので、こちらのネクタイをしたデザインは?
はやて
実は、平行して図書館さんのレスラー、としょカーンも動いていまして。
そちらのデザインがネクタイをしているものになりそうなんです。
子どもさんがデザインしたので、できれば被らせたくないですね。
柴崎
そういう事情でしたら。どう直しましょうか?
はやて
もう印刷の4色、シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックをそのままコスチュームにしちゃいましょう!その方がわかりやすいですよ。
印刷を強調して、あとはチラシとかポスターとか名刺…業務内容も全部コスチュームに入れて。
最後は、いたばし印刷マンの実際の動きについて。
柴崎
得意技とかはどうしましょう?
はやて
得意技も印刷業界の専門用語にしちゃった方が、強烈なインパクトありますよ。
一般の人に、「なんだかよくわからないけど印刷っぽい」というイメージ付け、そのスポンサーが何者なんだというキャラ付けを、この際ガッチリやっちゃいましょう。
柴崎
うーん…トンボ合わせとか、トンボカッターとか。
はやて
トンボカッター、いいですね。こんな感じでどんどん技の名前を出していって…。
柴崎
あとサルサ好きなんで、入場曲はサルサで。できれば井上陽水の「女神」、ブラタモリのテーマ曲にできたらいいですね。
それから、マスクの額の部分に印刷というのは…。大きくプリントの「P」を入れたいんですが、どうでしょう?
このような経緯でキャラクター、マスクとコスチュームのデザインは決定。
少しずつ「いたばし印刷マン」の骨格が固まっていきました。
いたばし印刷マン
いたプロヒーローズ
いたばし印刷株式会社公認レスラー
<身長> A1サイズ
<体重> コート135kg
<生年月日> 2019年5月28日
<デビュー> 2020年10月18日
<得意技> A4トンボカッター、オフセットプレス、トンボ合わせ、フルカラーインクジェットアタック
上板橋北口の「いたばし印刷株式会社営業部」に勤務。
武器は営業まわりで鍛えた足腰と口八丁。
地域のパトロールに行くと言って営業時間中にゴルフに行くことがよくある。
趣味はサルサ。
意外と女性にモテる。
上板橋北口商店街振興組合の理事も務める。
(いたばしプロレスHPより)
ここで、柴崎さんの仕事は終了。
あとはデビュー戦を待つだけとなりました。
しかし、ここから柴崎さんの知らないところで、いたばし印刷マンはデビュー戦に向けて、さらなる進化を続けていたのです。
今日から君は、「いたばし印刷マン」だ。
君のプロフィールはこんな内容で、得意技はA4トンボカッター。コーナーポストからこういう動きでよろしく。
じゃあ、あとは自分で考えてね。
ついに「いたばし印刷マン」10.18デビュー戦!!!
そして迎えた2020年10月18日。
いたばし印刷マンは、メインイベントで、はやて&まるこ選手とのタッグで、デビュー戦に臨むことになります。
まずは、いたばし印刷マンを紹介するリングアナウンサーの「身長A1サイズ、体重コート135kg」のコールで、筆者を含む印刷関係者のみが大爆笑。
他のお客さんたちは、訳がわからずキョトン……。
そんなビミョーな雰囲気の中、ゴング。
いたばし印刷マンは、ハッピーでんきマンとのやり取りで会場を沸かせ、最後は見事A4トンボカッターで勝利を飾ったのでした。
※試合の動画はこちらから↓
デビュー戦について柴崎さんは、こう語ります。
「実は当日まで知らなかったんですよ、あの「Pポーズ」(プロフィールの写真参照)。あとで聞いたらアドリブだったとか。
今では自分の子どもたちも喜んで「P!」「P!」ってこう、やってますけど(笑)。
しかも、ハッピーでんきマンとサルサのステップを踏むなんて思っていませんでした。こちらからは踊りもステップも教えていないんです。
そういうのを、彼らが自分たちで練習してやってくれたんですね。
動きもスピードがありましたし、感激しました。ほんと、いたばし印刷マンには感謝です。」
(柴崎さん)
「それでデビュー戦のあと、まだ多くはないですが、本当にいたばし印刷マンを見た人から、仕事の依頼が来ているんです。
昨日も「いたばし印刷マンを見て、頼みにきました」という、いたプロファンの女性のお客様がいらっしゃいました。」
(柴崎さん)
ちなみにいたばし印刷マンの「Pポーズ」は現在、いたばし印刷株式会社のWEBサイトをはじめ、ポスターなど各種宣伝のアイコンとなっています。
もちろん、いたばし印刷マンの商標も持っているので、さらなる宣材グッズの作成も検討しているそうです。
そして、気になっていたことも聞いてみました。
いたばし印刷マンの誕生にいくらかかったのですか?
「具体的な金額はちょっと出せませんが…。まあ、うちみたいな規模の小さな印刷会社でも、頑張ればなんとか出せるぐらいの金額ということで(笑)。」
(柴崎さん)
夢を叶えたのは、中小企業ならではの「身軽さ」と「熱い思い」
今回の取材で感じたのは、決定からデビューまでわずか2か月で実現できたのも、「いたばし印刷株式会社」と「いたばしプロレス」が、いい意味で中小企業であったために小回りがきくという利点が発揮されたこと。
そして、いたばし印刷マンをどうしても出したいという、柴崎さんをはじめとする関係者の熱意でした。
日本初の印刷会社レスラーを誕生させたのが、大●本やトッ●ンといった大手印刷会社ではなく、従業員5名の街の印刷屋さんであったことに痛快さも感じさせる『いたばし印刷マンのつくり方』もそろそろ終わりです。
最後に、今後の夢といたばし印刷マンへの期待を柴崎さんにうかがいました。
「今後の目標は、これから開催される全大会にいたばし印刷マンを出場させること。そのためにも、事業はしっかりしていきたいです。
将来的には、グレート・ピカちゃん、できればキューティー・ピカちゃん(グレート・ピカちゃんの妹。もちろん女子レスラー)も入れて「チーム上板橋北口商店街」を結成して、地元上板橋のリングで試合ができたらいいですね。
いたばし印刷マンはデビューしたばかりなので、リング上の勝ち負けにはそんなにこだわりません。
実際、対戦相手はほとんど先輩レスラーなんですから、負けても当然だと思っています。
でも、自分の誕生日とかに勝ってくれたら、ちょっとうれしいですけどね。」
(柴崎さん)
はやて代表に今後の登場予定の企業レスラーについて聞いてみました。
これからの「いたばしプロレス」からも、目が離せませんね!
※編集部注:記事中の写真はすべていたばしプロレスから提供していただきました。
ライター:荒 勝馬(あら・かつま)
昭和の特撮愛が高じて現在は「ウルトラマン商店街」の住人。現在の楽しみは旧円谷プロや東宝撮影所付近を散策し、名作特撮のロケ地を巡ること。もちろん、プロレス愛好家。
写真:伊藤 健史(いとう・たけし)
格闘技ライター&カメラマン。元「プロレス・ファン」編集長。現在は大日本プロレス、プロレスリングZERO1、いたばしプロレスなどの公式カメラマンを務める。著書に「ミスターデンジャー 最後のデスマッチ」「みちのく夢伝説」などがある。愛猫の名はサダハル。