【書評】『鴎外パイセン非リア文豪記』を読んでみたら作家志望必読の書だった
こんにちは。ダンラクライターの坪内悟です。
実は私、役者もやっておりまして、
昨年2018年秋に、発達障害児に向き合う療育センターの物語『わたしの、領分』という舞台に出演させていただきました。
その作・演出家だったのが、松澤くれはさん。
演出の言葉は論理的なんだけど、源にある感性は直感的で。
服装もオシャレなんだけど、ちょっと奇抜で。
なんだか天才肌な感じがぷんぷんする人でした。
そんなくれはさんは小説家でもあり、
自身の舞台『りさ子のガチ恋♡俳優沼』をノベライズしてデビュー。
こちらは“2.5次元ファンの心を痛いほどエグる”と評判になり、ヒットしました。
そして『わたしの、領分』の稽古中にご飯を一緒に食べたときにも、
「これ、おもしろくないですか?」と
次回作の構想の“さわり”を熱っぽく話してくれました。
「くれはさん、それ、めっちゃおもしろそうですね~」
あの時そう思った構想が、ついに本になりました。
今回ご紹介するのは
『鴎外パイセン非リア文豪記』
松澤 くれは (著) 集英社文庫
この小説は森鴎外が晩年を過ごした東京の谷根千エリアを舞台に繰り広げられる3つのお話で構成されています。
その各話はなんとなくつながっていますが、それぞれ主人公が違うんです。
1話目は『夢十夜小説』
でも実は彼女には周りには秘密にしている趣味がある。
それは、夢小説で二次創作小説を執筆すること。
推しキャラとあんなことやこんなことに♪と、彼女の願望はすべてその中で昇華されている。
その反面、リアルの彼女は「リア充爆発すればいい」と思っている、かなりの陰キャ。そんな中、同じくリア充を憎む、憧れのアルファツイッタラー(影響力のあるツイッターユーザー)・森鴎外なりきりアカウント『鴎外パイセン』の“中の人”と直接会うことに・・・
・・・というストーリーなんですけど、
この「夢小説」って知ってます?
これ、小説に出てくる登場人物の名前を自由に変えることができる小説なんです。
読み始める前に主人公の名前はもちろん、恋に落ちる相手の名前、誕生日、ペットの名前など、作品によってさまざまな項目が変換できるんですって。
クッキー(Cookie)の機能を利用して、パソコンやスマホのブラウザで見たとき、名前が変換されて表示されるという仕組みなんだそう。興味があれば検索してみて♪どっぷり小説の世界に入り込めますよ。
そんな調子で、ヲタクな女子大生が主人公とあってこの話は特に、最新のサブカルワードがガンガン登場するのも面白さの1つ。
「陽キャ」とか「エドワード・エルリック」(マンガ『鋼の錬金術師』の主人公)とか、もぅこの作品、ヲタクまっしぐらですよねw
それから、『弱ペダ』に影響されてロードバイクを手にしたはいいものの、メンテナンスが難しすぎて、結局1万円のママチャリを別途購入。謎の自転車2台持ち、とかヲタクあるあるすぎません???
え・・・?いまいちその面白さがわからない?
じゃあ、これも登場するんでけど・・・どうですかね?
この缶チューハイ、500mlのロング缶でも1本150円程度とだいぶお安く、柑橘系がメインのため飲みやすい。なのにアルコール度数がかなり高く、気をつけないとビックリするくらい速攻でベロベロに酔ってしまいます。そのためネット民の間では、安く酔えて現実逃避できる『飲む福祉』なんて呼ばれているくらいなんです。
よく昔の小説や映画で、「サントリーオールド」、通称『ダルマ』を学生がありがたそうに飲むなんて場面がありますよね。40代の私にとってはあんまりピンと来なかったのですが、親に聞いてみると当時のダルマを飲む贅沢さがよくわかりました。
それと同じように、「ストロングゼロ」と言われると今なら、あーはいはい、とわかるニュアンスも、もう10年20年するとわからなくなってしまうかもしれません。
文中にはほかにも『アメトーーーク!』やら『minne』やら、そんなワードがたくさん出てきます。この小説の世界観を存分に味わうには、今すぐ読まなきゃですね。
そんなイマドキ感があふれる小説ですが、
ストーリーの根底に流れているテーマはかなり普遍的なモノ。
です。
前日会った人に「はじめまして」と挨拶されてしまうくらい地味キャラである美里は、自分の“キャラづくり”にどんどん迷走していきます。
人と違う「何者か」にならなければ―――――誰しも感じた若者ならではのその焦りは、将来への不安と、自分との闘いの中から生まれてくるのかもしれません。
2話目は『エゴサーチと奇跡の一冊』
主人公は、書けない小説家「岡村」。
6年前にデビュー作が文学賞を受賞したものの、2作目が書けない。
現在は妻とともに、根津で読書好きが集まる喫茶店を経営しながら、自分の名前と作品名をエゴサする毎日を送っている。
次回作を書きたい気持ちはあるのだが、あれ以来書くものが見つからない。
それは、岡村が紆余曲折の人生を歩み、「死なないために」書いていたからだった・・・
今度の主人公は36歳。
一度は「何者か」になったはずだったのに、気がつけば「何でもない者」になっていた。
でもあの時自分は本当に「何者か」になったのだろうか。そしてなんのために「何者か」になるのか―――――この辺も1話目と比べて、グッと大人な感じがします。
いままで思い込んでいたものに疑問を持ち始める、大人ならではの焦り。
同じ悩みも、“世代的な違い”によってまた違って見えますよね。
そして、「書けない」という悩み。
巻末の解説で『ニーチェ先生』の原作者・松駒さんも書いていますが、ほんとに書けないときは書けないんですよね。著者のくれはさんもこれが2作目ですから、どこか心情を吐露してるのでしょうかw
私も書けないときはまったく書けません。そんな時はテレビ見たり、ネットしたり、ボーっとしたり。
でも最後には必ず書けるんです。というか書くんです。
なぜなら「〆切り」があるから。
連載を持つ小説家さんもそうかもしれませんが、私のやってる放送作家は確実に「放送日」が迫ってきます。生放送の場合だったら、たぶん小説家さんより1分1秒が深刻なものになってきます。落とすわけにはいきません。ましてやトンズラなんかしたら、もうその業界では生きていけません。無理やりにでも舵をきり、ネタを掘り起して、流れにオチをつけ、やるしかないんです。
吉越浩一郎さんの『デッドライン仕事術』(祥伝社)や、上阪徹さんの『〆切仕事術』(左右社)なんて本もありましたが、仕事を成し遂げるにはやっぱり〆切を設定することが大事ですよね。
ま、一方で漱石・谷崎・乱歩など有名作家たちが〆切から逃げまくる『〆切本』(左右社)もありますけど・・・w
さて、2作目を書けない岡村がどんな答えを出したかは、読んでみてのお楽しみです。
また、さすが舞台演出家だけあって、「本」という媒体の特性を利用してある仕掛けがなされています。あのタイミングでこうくるか!という見せ方をしているので、そこも乞うご期待♪
最後は表題作『鴎外パイセン非リア文豪記』
主人公は、文豪になりきって自虐的につぶやくアルファツイッタラー『鷗外パイセン』。
その“中の人”は千駄木の森鴎外記念館の隣に住み、文豪になると決意して早十年が経つ、コンビニのフリーター。
ただし、小説はいまだにラストまで書き上げられずにいる。
そんな彼だったが、ツイッターでのなりきりキャラが人気を集め、ついにその書籍化となるが・・・
最後に満を持して登場する「鴎外パイセン」の物語。
地方から上京し、たまたま入居したアパートの隣が『森鷗外記念館』だったのに運命を感じたことから、格好も書生スタイルにしたり、自分を「余(よ)」と呼んだりと、ちょっとイタイ人に。
私の手元にも、こないだの夏コミで入手した、「むすびや本舗」の掬屋 一(むすびやはじめ)さん著『文豪の奇妙なレシピ』という同人誌があります。
文豪たちの遺したちょっと変わったレジピを再現してみるというこの本には、鴎外の好きだった『饅頭茶漬け』や『杏御飯』なんてメニューも掲載されていて、パイセンだったら大喜びですよね。
でもそんなパイセン、裏では地元の同級生にはイケてる度(自分は当然「ランク1」)をつけたりして、本当に僻みっぷりがヒドすぎるんです。
そう考えると、鴎外コスプレ的な「カタチ」を鎧に、虚勢を張っているんでしょう。映画『ロケットマン』で再注目を浴びるエルトン・ジョンも実は引っ込み思案で、そんな自分を鼓舞するためにド派手なメガネをかけていたんだとか。
さらにパイセンは、学生時代好きだった娘には想いを告げられなかったのに、その彼女とはいまだにずっと相思相愛だと思い込んでいて・・・この辺は「童貞小説」と名高い武者小路実篤の『お目出たき人』(新潮社)に近いものを感じます。
なにこの、絵に描いたようなこじらせ系ヲタク男子www
そんな彼に突きつけられるのは、
夢にまで見た「何者か」になってみたらどうなるのか。でもそれは本当に自分のなりたかった「何者か」なのか―――――そんな悩みの中を、パイセンはもがき苦しみます。
「書籍化」という未知の領域に足を踏み入れそうだったり、地方から東京に出てきた者だったり・・・“環境的な違い”からも、「何者かになる」ことに対して作者は前の2話とは違ったアプローチをかけてきます。
そして最終的な答えを出した彼の心情を綴る、ラスト一行のあの言葉に胸が熱くなります。
まとめ
公式サイトでこの小説は、こんな紹介をされています。
何者にもなれない人々の悩みともがきを描く青春物語。
「何者か」とは、そもそもなんなのでしょう?
そこに行きつくには、「自分の個性に自信をもつこと」がヒントの1つになるように思います。
でも「個性」なんてどうやって探せば・・・そんなことを考えていたら、
先日、地下アイドル『ベッド・イン』のちゃんまい(中尊寺まい)がインタビューでこう答えていたのを思い出しました。
“理想”と“自分”との「差」の部分がオリジナルという個性になると思うんです。
まだまだ「何者か」になれていないと感じていたら、
そしていつかなりたいと感じていたなら
この小説の登場人物と一緒に、その一歩を踏み出してみてはいかがですか?
あ、話は変わりますがこの小説、
新海誠作品のように、舞台となる谷根千の街並みが実にリアルに描写されているんです。
パイセンの生活圏は自宅アパート・森鴎外記念館・勤務先のコンビニという隣接する3軒の建物だけと書かれていますが、実際に森鴎外記念館に足を運ぶと、本当に隣(写真の右のマンションの1階)に某大手コンビニがあり、もぅ笑っちゃうくらい納得。「すると記念館をはさんだ、こっちがパイセンのアパート?」とか考えてしまいます。
また、作中によく出てくるミスタードーナツもちゃんと団子坂下の交差点にあったりするんですよw
実際に作者のくれはさんと巡る聖地巡礼ツアーもあったみたいですし、
あなたも文庫本片手に物語の舞台を回ってみてはいかがでしょう?
<書籍データ>
ジャンル:小説(文庫)
タイトル:『鴎外パイセン非リア文豪記』
著者:松澤 くれは
出版:集英社
刊行年月:2019年8月
価格:740円+税
頁数:416ページ
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