【第2回】落語で学べるビジネスとは 落語家・立川志の太郎(全4回)
普段接することのない職業のミドル世代(30~40 代)の方々から、なぜその仕事に就いたのか、その世界の独特の慣習やルール、何を考えて、何を目指しているのかを伺っていきます。
若さだけで突っ走る 20 代とは違う、責任も増え、かといってすべてを自分で決められるわけではない中間で仕事をする、私たちミドル世代にとってヒントや希望、刺激もあります。しかし、住む世界が違ったとしても、人間の生業(なりわい)です。厳しい現場も多くありますが、もっと前向きに、もっと楽しく、そしてプロとしての自覚を持つために、 なかなか出会えない人物や言葉を記録していきます。
前回に引き続き、立川志の太郎さんのお話をお伺います。前回は落語の世界へ飛び込んだきっかけや修行、人間の業(ごう)や運のとらえ方でした。
今回は会話や仕事への取組みについて伺っています。ビジネスでのちょっとしたヒントにつながるかもしれません。
お楽しみください。
【プロフィール】
立川 志の太郎(たてかわ しのたろう)
落語家。
1985 年生まれ。埼玉県ふじみ野市出身。
落語立川流・立川志の輔の六番弟子、二ツ目。2010 年に立川志の輔に入門、2020 年落語家生活 10 周年を迎えた。落語家としての活動はもちろん、役者やナレーターなどマルチに活 躍。 「立川志の太郎落語会」(2020 年 8 月は無観客配信にて開催)、日本テレビ『はじめてのおつかい』ナレーション担当、2020 年 8 月~9 月放送 NHK-BS プレミアムドラマ『すぐ死ぬんだから』出演、「YouTube トキワ荘(企画 相田毅)」では関ジャニ∞の『大阪ロマネス ク』を題材に新作落語を発表。
―さまざまなシチュエーションで落語会をされていると思います。その会のお客様によって変えていることはありますか?
落語では「お客様ファースト」です。
落語会に来てくださるお客様の中には、落語になじみがない方、落語が好きな方、もっと好きなゴリゴリの落語ファンの方がいる場合があるんです。
ダンクグループさんのパーティーでの一席では『転失気(てんしき)』という “おなら” の噺をやったんですが、この噺は基本的にマクラ(落語に入る前の前振り)や落語の最初で「転失気」の意味を説明しないでやっていくのが普通のやり方なんです。けれどそうなると、「転失気」の意味が「おなら」とわかるまで18分くらいかかる。本当に最後の方で転失気がおならである事がわかります。
でもそうなると初めて落語を聴きに来られた方を「転失気って何?」とクエスチョンのまま20分近く置いていくことになる。だから初めての方が多い会では、あらかじめ「転失気」の意味を説明したりしてアレンジしています。それが「親切心・お客様ファースト」。
やっぱり「落語って面白いな」と思ってもらうためにはどうしたらいいか、と考えます。
初めて聴く落語が僕だとして、もしそこで噺がわからないとなると、僕がつまらないじゃなくて「落語というものがつまらない」となってしまうんです。これは伝統文化の不思議で。落語というジャンルを背負ってるような責任感があります。
―マクラの選び方や作り方、「間」のとり方について教えていただけますか?
マクラは自分が経験したことをもとに作っています。
たまに本当の話なの? と聞かれます。正直に書きますと事実をもとに半分は本当で半分は肉付けしているんです。やはりオチをつけるためには、「A→B→C」と事実だけ話すのじゃつまらない。だからA→C→Bにして、さらに掛ける2にしてみたり2で割ってみたり。そうやって作るのでマクラも作品なんです。
その作品を作る中にもちゃんと方程式がある。マクラの選び方は、その日の演目と関連のあるマクラを振るというのが僕のセオリーです。
やはり「マクラと落語」がひとつのパッケージなので、必ず演目に関連のあるものにしています。そして、落語の世界って「リズム」と「調子」と「間」、この3原則で成り立っている。話芸って話のリズム、例えば、「タンタンタン」っていうのが「タン・タタン・タタタタン・タン」となるから気持ちよかったりするわけですよ。
そして調子は張ったり引いたりすること、そして「間」は一番難しいといわれてる。ビートたけしさんも間が悪い奴ってのが一番だめだっていうんです。でも「間」をわざと作るのもおかしいし、普段の会話では、言いたいことがあったときには「ひと呼吸置く」。これが会話の中での「間」になるんじゃないのかな。
例えば「怒るぞ、怒るぞ、なんで怒っているかわかるか? なんで怒っているのかわかるか? 言うぞ?……パン」。このようにリズムと調子と間が全て入って「パン」の部分が際立つ。
―ビジネス会話に役立つ、落語家さんならではの技法はありますか?
よく「落語家さんみたいにうまくしゃべれるようになるにはどうしたらいいんですか?」と聞かれますが、会話がうまい人っていうのは聞き上手なんですよね。
なので、落語家からしゃべり(話す技術)を学ぶなら「プレゼン」だと思っているんです。
僕は落語というものをお客様に向けてやっているじゃないですか。「会話」が上手になりたいのならまず人の話をよく聞く事。
自分の話ばかりの人は会話が上手とは言えません。そこから頭の中で処理していきうまく会話を広げられる人が「会話上手」。
落語家の場合はお客さんとの呼吸っていうものもありますけど、基本的に一人が多数のお客さんに向けて喋るので落語家から学べるのはどちらかというとプレゼンとか説明とかになってくるんじゃないのかな。リズム、調子、間とかの技法ですかね?
「聞き入る」状態を作るという表現でしょうか。落語家でなくても、田中角栄、小泉純一郎、スティーブ・ジョブズは名演説家でもあり思想は抜きにして個人的にすごく勉強になります。
―ご自身の仕事との向き合い方は?
仕事というものを「真面目にやる」以外ないと思います。
落語ではいろんな噺が出てきます。
その中で商人の噺『帯久(おびきゅう)』という人情噺があるんです。
この噺は呉服屋と帯屋がいて、帯屋は人をだまして金儲けをして痛い目を見る、反対に呉服屋はものすごくいい人でお金をもっていたんだけどあることをきっかけに全部がダメになってしまう。でも周りの人はその呉服屋さんがずーっと一生懸命に働いている姿を見て、「救いたい」と思うわけです。
結局人って見ている。ペットボトル一本売るにしても買うのは人ですし、必ずそこには人の手が加わっている。だから一生懸命やるしかない。
また、落語の噺でよく出てくる「与太郎」というバカの代表がいるんですね。この与太郎は何をやってもうまくいかないけれど、与太郎なりに一生懸命やるんですよ。
そうすると周りの人が助けてくれるんです。そういう意味で失敗はあっても、何事も「熱を入れてやる」しかない。たとえ好きな仕事をしていても、つらいことは多い。僕も落語が好きです、落語家になってよかったと思います。
けれどもこの落語家生活10年では苦労したことのほうが多いです。
でもやっぱり高座に上がって笑いをとったときや、涙を流して聴いてくれているお客様を見たときは快感になる。だからつらいことは多いけれど、落語をやり続けたいなと思う。好きな仕事をしている人には「熱量」がある。
―好きな仕事には自然と力をそそぎますよね。
仕事に対して、嫌いとかめんどくさいという意識を持っている人と、仕事を好きでやっている人の間には大きな差がありますよね。
もちろん、生きていかなきゃいけないし、不安な世の中で好きなことなんかやってらんないよ、と思うかもしれないですが、ビジネスマンも今の会社で好きなことってみつけられる可能性はあると思います。
今の会社で一個ぐらい自分が力そそいでみようというものを見つけていけば、また違う道が開けてくるんじゃないかな。そうなると意外と仕事も楽しくなってきたり、思考の持ち方次第で好きなものはみつけられると思います。
次回は【チャレンジと未来】です。
おたのしみに。
m.c.
ビジネスネタはおまかせ!の”理論派校正女子”。仕事やライフスタイルに「少し役立つ」多彩な記事をリリースしていきます。
(イラスト/直井武史)
藤原邦彦 a.k.a ドクトルF
昭和を引きずったまま平成と令和を生きる編集・ライター。
アニメ・マンガ事情は、アメリカやヨーロッパに続き、中国に興味あり。
(イラスト/近藤ゆたか)写真撮影:すずかすてら